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最高裁判所第三小法廷 昭和46年(オ)673号 判決 1973年5月22日

上告人

橋本忠

外一名

右両名訴訟代理人

逢坂修造

被上告人

小林栄蔵

外二名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人逢坂修造の上告理由第一、二点について。

株式会社の取締役会は会社の業務執行につき監査する地位にあるから、取締役会を構成する取締役は、会社に対し、取締役会に上程された事柄についてだけ監視するにとどまらず、代表取締役の業務執行一般につき、これを監視し、必要があれば、取締役会を自ら招集し、あるいは招集することを求め、取締役会を通じて業務執行が適正に行なわれるようにする職務を有するものと解すべきである。

そして、原審の確定した事実関係のもとにおいて、上告人らに右職務を行なうにつき重大な過失があり、そのため被上告人らに本件損害を生じたとする原審の認定・判断は正当として肯認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(関根小郷 天野武一 坂本吉勝 江里口清雄)

上告代理人逢坂修造の上告理由

第一点 原判決には、判決に影響をおよぼすことが明らかな法令の違背がある。

原判決は商法第二六六条の三第一項前段の解釈適用を誤つており、その誤は、判決に影響をおよぼすことが明らかである。

すなわち、原判決は「(株式会社マンゼンは)、当初から創立総会も株主総会も開いたことがなく、また正式な取締役会も開いたことがなかつたこと、会社業務は浅野寛が独断専行し、会計帳簿も決算書類も殆ど作成せず、監査役の監査も受けなかつたこと、当初新潟ソニー販売株式会社から安定した修理の注文があつたので会社の業績はまずまずであつたが、昭和四二年夏、浅野寛が、他の敢締役に相談することなく、自動車修理部門まで事業を拡張することを計画し、その資金をうるため九〇〇万円に及ぶ融通手形(本件はその一部である。)を稲庭準あてに振り出したが、同人にだまされ、一銭の資金も得ることができず、手形金支払義務だけ残存して、同年秋倒産するにいたつたことを認めることができる。」と認定し(原判決理由三)、この手形の一部が被上告人らに交付されたが、不渡りになり、結局被上告人らにその手形金相当の損害を負わせたものである、と判示した。

原審が確定した以上の事実および本件記録によれば、上告人らが右株式会社の業務の一切を浅野寛に任せきりにし、会社の業務執行に対し、積極的に意を用いなかつたことが明らかであるが、他方また、浅野寛が会社の日常的業務執行の範囲内では全く不必要であり、かつ他の取締役たる上告人らが予想さえもしない資金の調達のために、全く独断で秘かに本件融通手形を振出したこともまた明らかである。(なお、浅野は右会社の経理面および営業面の一切を担当し、手形用紙、振出行為に必要な印鑑等を自宅兼事務所に保管し、何時でも、上告人らの気づかないうちに融通手形を振出しうる状況にあつたことは、本件記録上充分に明らかなところである)。

ところで、代表権のない取締役(本件においては上告人両名がこれにあたる)が、代表取締役に対する監視義務を怠つたとしても、損害賠償の責任を問われるためには、当該取締役にとつてその監視義務を果さなかつたことによつて具体的な損害の発生すべかりしことが予見され、または予見され得べきでなければならず、そうしてその取締役にとつてかかる損害を発生を阻止し得たであろう防止措置がとり得たのでなければならないのである。

これを本件についてみるに、浅野は上告人らの気づかないうちに融通手形を振出しうる状況にあり、他方上告人らは右会社の修理技術部門のみを担当していて右事務所とは全く離れた新潟ソニー販売株式会社内の修理場において、電気器具修理の仕事を一筋になしていたのであつて、当時右訴外会社にとつて資金繰りのための手形を振出す必要もなかつたことから、浅野が金額九〇〇万円もの融通手形を振出すことなど夢想さえしなかつたことが原判決の確定事実および記録上明確に肯認できるのである。

このような場合、かりに上告人らが浅野に対し取締役会や株主総会の開催を求め、また、計算書類の作成方を促すなどして代表取締役の業務執行行為を監視したとしても、浅野の右融通手形の振出行為を阻止することは到底できなかつたであろうと考えられるのである。つまり、上告人らの監視義務の懈怠と、代表取締役たる浅野の右のような融通手形の振出しとの間には明らかに相当因果関係は認められないのである。

原判決が、以上のような本件事案において、右のような相当因果関係の具体的存在を審究認定することなくして、ただいたずらに「代表取締役が、他の代表取締役その他の者に会社業務の一切を任せきりとし、その業務執行に何ら意を用いることなく、ついにはそれらの者の不正行為ないし任務懈怠を看過するに至るような場合には、自らもまた悪意または重大な過失により任務を怠つたものと解するのが相当である。」との御庁判決(昭和四四年一一月二六日大法廷、民集二三・一一・二一五〇頁)を抽象的に引用したうえ商法第二六六条の三第一項前段を適用して上告人らの責任を肯認したのは、明らかに同法同条の解釈を誤つたものであり、この誤りは、原判決に影響をおよぼすことが明らかであり、右は民訴法第二九五条にあたるので、破棄を免れないものと考える。

第二点 原判決には判決に理由を付さない違法がある。

すでに述べたように本件事案において、商法第二六六条の三第一項前段を適用して上告人らに責任ありとするためには、上告人らの監視義務懈怠と浅野の融通手形振出との間に相当因果関係が存在することを具体的に認定判示しなければならないのに、原判決がこの点につき何ら具体的理由と説明とを付さなかつたのは、民訴法第二九五条第一項六号にあたるので破棄を免れないものと考える。

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